阿吽寺 Aunji Temple
- 寺
寳國寺は山号を葛成山と称する、高野山真言宗のお寺です。寺伝によれば、弘法大師・空海が高野山を開く際に、室宮山古墳の被葬者(葛城襲津彦という説が有力)の御霊を鎮めるために、この地に草庵を結んだことが起源とされています。室町時代の天文22年(1553)には、歌人としても知られる公卿・三条西公条が「むろというところ」に滞在したという記述が『吉野詣記』に残されており、これが寳國寺の前身であると言われています。
現在の寺格になったのは、明和元年(1764)に恵順法師が「法谷庵」として開山したときで、ほどなく、現在の御前立本尊である弘法大師立像がもたらされ、風呂敷を背負う姿が民衆の身代わりとなって苦しみを背負ってくれると評判に。特に文化年間(1804〜1817)ごろから幕末にかけてますます大師信仰が盛んとなり、御所町の町人たちをはじめ、大阪方面で信徒組織が結成されたり、道標が建てられたり、長きにわたり「室身替わり大師」の愛称で親しまれる寺院に発展していきました。
そして、昭和28年に第六世住職として晋山した覺範和尚が、賽銭泥棒を「不動金縛りの術」で捕らえて警察に引き渡した……というエピソードが残るほど類稀な能力の持ち主だったことから、「法力の寺」としてもその名が知られるようになります。昭和53年には現在の「寳國寺」に改称。平成28年からは伽藍全体の大改修を進め、現在の姿となりました。
本堂中央には御前立本尊として弘法大師立像、その両脇に阿弥陀如来立像、十一面観音菩薩立像が祀られ、奥院には秘仏本尊の虚空蔵菩薩坐像が安置されています(大晦日の晩から正月三が日のみ公開)。年間を通じてさまざまな儀式が行われますが、なかでも毎年7月21日に行われる、きゅうりに病気を封じ込めて平癒を祈る「胡瓜加持」はその珍しさも手伝って、多くの参拝客が訪れます。
現在の副住職・永田道範さんは、どんな人にも来てほしいと話します。「私が寺にいないときはもちろんお話を聞くことはできないのですが、いるときはどなたでも対応させていただきます。お参りいただいて、お話しができたら、それは仏教のことを深く知ってもらえるチャンスなんです。私はお大師さまのように誰かを救済することはできませんが、それでも、一緒に喜んだり、悲しんだりすることはできる。そういうことが少しでも誰かの救いになればと思い、僧侶をしておりますので、お気軽に、寺務所の方へお声かけください。」
自分では解決できなくて苦しい。誰を頼っていいかわからない。そんな悩みを抱えるときは、寳國寺を訪ねてみてください。自身も真摯に仏道に励み、真剣に話を聞いてくれるお坊さんに出会えるはずです。
0745-62-3531