大切なのは助け合う気持ち。ヒマラヤ出身林業家が日本の皆さんに伝えたいこと。

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文=カルマ・ギャルゼン・シェルパ(カルマ・フォレスト・ケア)

私は、ネパール・ヒマラヤの山岳民族、シェルパ族の出身です。シェルパ族は2000m以上の山岳地帯で農業と牧畜を中心に生活をしている民族で、山の案内人として有能であり、エベレスト登山などのガイドとしても有名です。エベレストに初登頂したエドモンド・ヒラリーのガイドをしたテンジン・ノルゲイはシェルパ族です。

日本で暮らすようになって22年、御所市に移住して15年になります。日本人の妻とはネパール僻地支援を行なっているNGOで知り合い、結婚しました。はじめは日本語も少ししか話せず、仕事もなく苦労しましたが、現在は林業、特殊伐採、ヒマラヤトレッキング山岳ガイドとして起業し、妻と二人三脚で日々頑張っています。

私がこれまで取り組んできたこと

御所市では、いろいろな方にお世話になっています。農業のことを教えてくれ、おいしいお米をつくっている植田さん、市役所の宮橋さんは明るく元気な方で、昔からの友人です。

地域の方々からは、阿吽寺の草刈りや神社仏閣の危険樹木の伐採などでお声をかけていただき、ありがたく思っています。

葛城山には子どもたちと登りに行ったこともあり、登山道の整備をしたこともあります。また、高鴨神社さんでは樹齢約300年のご神木のお手入れをご依頼いただき、初詣までに間に合わせることができ、皆さまに大変喜んでいただくことができました。

また、私は35年間、ヒマラヤを案内するプロのトレッキングガイドリーダーとして、アメリカをはじめ世界中のトレッカーを案内してきました。

トレッキングとは8000m級のヒマラヤ登山とは異なり、主に1000mから3000mのヒマラヤをのんびり歩きながら、雄大な景色と現地の文化を体感するものです。

食事は専用のシェフが、体調に合わせておいしい料理を作ってくれます。荷物はポーターが運び、カメラひとつを持って楽に旅をすることができます。日本に来てからは毎年ヒマラヤへのツアーを組んでいます。昨年には奈良・大阪・東京からのお客様を、「エベレスト街道 ナムチェトレッキングツアー」にお連れすることができました。

人生で一度は見たい景色、世界最高峰ヒマラヤ・エベレストを間近に見ることができる遊覧飛行もセットにしました。人生で記念に残る旅になったと涙を流され、大変喜んでいただけました。ガイドとしてお客さまに喜んでいただけることが私の最大の喜びです。日常を離れ、大自然のエネルギーを感じに、ぜひご参加ください。

そんな仕事の傍ら、ネパール僻地への植林、水道、小学校、難民支援などの支援活動も、30年にわたり行ってきました。日本のNGOの現地コーディネーターとして、政府の支援が行き届かない山村部へ自ら赴き、今最も必要とされる支援は何かを村人と相談・協議し、NGOに持ち帰りました。

妻とはNGOで知り合い、結婚しました。妻は海外が好きで、本当は私の村に住みたかったらしいのですが、私が日本へ行きたくて、日本で生活をすることになりました。

来日後の2015年4月25日、マグニチュード7.8のネパール大地震が起きました。被災地、特に支援の行き届かない僻地(首都カトマンズからバスで14時間、そこから歩いて3日という距離)へ向かい、村人に直接募金を届けるという直接的支援(ハンドトゥーハンドプロジェクト)を行うことを決意しました。そして日本からツアー参加の皆さんに物資や支援金を、一人ひとりの村人へ届けました。

今年の1月1日、能登震災で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。あのときの恩返しに、私も能登の方々に寄付をさせていただきました。

特殊伐採技術者としての喜びと思い

来日してからは、様々な仕事を得て、現在は森林環境を守る林業家として起業し、山間部や都市部の危険樹木を特殊技術を駆使して伐採する「高所特殊伐採技術者」をしています。

特殊伐採とは、樹上に登って上から少しずつ枝、梢などと順番に伐採し、ロープを使って安全に地面に下ろす技術で、建築物が近くにある民家や神社仏閣の樹木などを伐採するときに役に立ちます。日本ではまだ認知度の低い伐採技術法ですが、欧米では広く知られ、欧州では資格保持者のみが行える作業となっています。私はこの資格を持っていますが、日本ではまだ資格保持者は少なく、世界基準の国際ライセンスの需要も高まってきています。

大阪府の寺社様からは、工事を適切・安全に行ったことで、管主・信者の皆さんより大変喜ばれました。新年の初詣までに樹木を片付けてほしいとの依頼でしたが、なんとか間に合い、信者様が涙を流して喜んでくださったのがとても心に残りました。樹木でお困りの方がいらっしゃいましたら、ぜひお声がけください。

伐採現場の状況は様々です。時には急斜面にそそり立つ高さ20mの樹に登り、ロープにぶら下がり、チェーンソーや斧を操り、枝を順番に払って落としていきます。枝を払い終わると上から順に樹を区切っていきます。

山間部に住む年配の方々が自分で山や庭木を手入れすることは難しく、よくお手入れのお声がかかります。休憩の際はお茶やお菓子でもてなしてくださり、いろいろとお話をしながら、お手入れさせていただくのも楽しい仕事のひとつです。重たいものを動かすのを手伝ったり、「なんでも屋」さんになるときもあります。

大変ですが、とてもやりがいのある素晴らしい仕事だと思います。林業をしたい若者はたくさんいますが、危険であり、林業が衰退していることもあり、就職してもすぐ辞めてしまいます。日本の国や企業がもっと応援してくれればよいのにと思っています。

日本の人たちに伝えたいこと

また、私は奈良県南部の大自然を訪ねるネイチャーガイドもしています。写真家の方を奥地の滝へ案内したり、キャニオニングのスタッフをしたり、山登りを案内したりといろいろなことをしています。知り合いの農地で農小屋を建てたり、野菜を育てたり、友人たちとBBQをしてネパールの音楽で太鼓をたたいて、踊ったり歌ったりして毎日を楽しんでいます。

日本に長く住んでいて思うことがあります。皆さんとても忙しい毎日を送っていて、ゆっくり自然の中で過ごす時間が少ないということです。

私はヒマラヤの大自然に囲まれて育ちました。ヤクという牛を育て、そのミルクを毎朝飲み、そのミルクで自家製のチーズ、バターを作ります。農業をして育てた麦でお酒をつくります。小さいころから家の手伝いをしながら兄弟の面倒を見てきました。大変厳しい自然の中でしたが、いかに楽しみを見つけて暮らしていくかを学びました。

日本は一見、大変便利で清潔で豊かに見えますが、人々の心の中には何か足りないものを感じることがあります。便利になりすぎて人の付き合いが少なく、お互いに助け合うということが少なくなっているように思います。お金さえあれば、誰に頼まなくても生活することができます。お金は必要ですが、人間の心と体の健康には、お金よりも自然と人の助け合いが必要ではないかと思います。

人を助ける気持ち。自分が人の役に立っているという気持ち。人を大切に思う気持ち。やさしい気持ち。自然とつながろうとする気持ち。それはちょっとした気持ちの持ち方で、誰でも気づくことができると思います。

身近な自然に触れてみてください。身近な人を大切に思ってください。そして機会があれば、ぜひ一度、私と一緒にヒマラヤの大自然を訪れてみてください。必ず得るものがあると思います。 

Karma Gyalzen Sherpa

寄稿者の写真

ネパール・ヒマラヤの山岳民族「シェルパ族」出身。国家資格のヒマラヤ山岳ガイド資格を持ち、リーダーとして各国の旅行客のガイドを多数経験。日本に住んでからもヒマラヤツアーを毎年開催。また日本のNGOの現地スタッフとして長年ネパールの僻地支援も実施している。御所市に移住して15年。林業家として各地で森林保全・間伐を行い、民家付近の危険木をロープとチェーンソーで伐採する「特殊伐採」事業も展開。奈良の秘境の滝を案内するガイドや、県立高校でSDGsをテーマにした講演なども行っている。陽気な性格で世界中に友人がおり、読売新聞、TBSテレビ、テレビ東京など、日本のメディアにも多数取り上げられている。